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202606/20

一乗寺の詩仙堂は、なぜ「山荘」と呼ばれるのか

左京区一乗寺といえば、最近はラーメン店の激戦区として有名ですが、もうひとつの顔は「隠棲の地」としての一乗寺です。江戸時代、ここに自分のための小さな山荘を構えて暮らした人物がいました。詩仙堂です。今日はその詩仙堂と、一乗寺という場所が持つ「都から少し離れて暮らす」という歴史のお話です。

石川丈山という人物と、詩仙堂の始まり

詩仙堂は、江戸時代初期の文人・石川丈山が、59歳のときに自らの隠居所として築いた山荘です。丈山はもともと徳川家に仕える武士でしたが、後に武士の身分を離れ、漢詩や書、庭づくりに専念する生活を選びました。詩仙堂という名前は、建物の一室「詩仙の間」に中国の詩人36人の肖像画を掲げたことにちなんでいます。

丈山はこの山荘で90歳まで、約30年間を過ごしました。庭の奥には「ししおどし」(添水)があり、竹に水がたまって石を打つ音が響く仕組みは、今もこの庭の名物として親しまれています。

項目 内容
建てた人 石川丈山(江戸初期の文人・元武士)
築造時期 59歳のときに隠居所として築き、90歳まで居住
名物 詩仙の間(中国詩人36人の肖像)、ししおどしの音が響く庭園

なぜ一乗寺が「隠棲」の地に選ばれたのか

一乗寺は比叡山の麓に位置し、平安時代から山あいの静かな土地として知られていました。都の中心からは少し距離があり、それでいて行き来できる範囲という、ちょうどよい「離れ具合」が、隠居後の暮らしを求める人にとって魅力だったと考えられます。

こうした「都に近いけれど、少し離れた山あいで暮らす」という価値観は、詩仙堂だけのものではありません。一乗寺から少し北へ向かう曼殊院や赤山禅院のあたりも、似たような雰囲気を持つ静かな寺町として今に伝わっています。賑やかな通りから一本入ると、緑に囲まれた小道が続くのが、このエリアらしい風景です。

⛩️ 京都豆知識

詩仙堂の庭にある「ししおどし」は、もともと田畑に獣が入るのを音で防ぐための農具でした。石川丈山が庭園の意匠として取り入れたことが、現在広く知られる「ししおどし」のイメージの原点のひとつとされています。

緑に囲まれた静かな住環境に興味が出てきた方へ

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平間 木乃香(garDEN不動産)

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